ある時、ある場所、あの人

日頃の出来事、ふとした考えを誰かに伝えるための便箋のようなもの

私とMacの関係

私がMacintosh、通称Macを使っているのには、とりわけ理由があるわけでもない。物心ついた時には、既に我が家はMacを使っていた。

 

私の印象として、最近のMacユーザーの傾向としてはデザイン系や音楽関連で使っている人が多いように感じる。確かにMacはグラフィックなどの面でWindowsに優れていると、主観だけでなく周りからも言われる。

私の家は音楽一家とよく言われるが、そこからMacにつながっているかは不明。

 

Macは過去いずれの製品もディスプレイと本体が一体化されている。初めて小学校でWindowsを見た時、機器が2つあることに驚いたのはいい思い出である。

 

中学高校の頃はOffice for Macを使って、周りの人と互換性を保とうと努力はしていたけど、報われないことも多かった。

また、高校でプログラミングを習ってから、Macを使ってプログラミングをするようになった。最初はコラッツの予想という数学問題の再現だった。

もう一つのブログを始めたのもこの頃である。

 

大学に入るとマイMacを手に入れ、iWorkを導入して完全にWindowsから距離を置くようになった。しかし、学校やサークルのPCはWindowsなので、大学の講義におけるCADの使用やサークルでラジコンのプログラミングをする場合はWindowsである。とはいえ、レポートやパワーポイントはMacを使用、論文の発表にもMacを使用した。

 

現在ではPreject Euler(英語サイト。日本語版はこちら)に登録して数学問題を解いている。といっても簡単な方を50問程度だが。

他にはニコニコ動画Feedlyなど、遊んだり情報収集したり。

 

こうして見ると、結局のところ"Macでないとできないこと"は何もない。それでもどうして使い続けるのかと聞かれれば、それは「既に自分の一部だから」としか言いようがない。

 

朝起きてMacでメールを確認・振り分けプログラムを走らせ、時間が空いたらMacで暇を潰す。プログラムを作っては走らせるの繰り返し、それをインターネットにも適用する。

 

それらの自動化にはAppleScriptAutomatorを使用。Windowsにもきっとそれらの自動化ソフトは存在すると思う。しかし、Windowsは情報が多く、私の場合はそれに振り回されてしまう。情報はできるだけ少ない方がありがたい。それに、今からそれらを慣らして使うようにすることに意味はない。

 

そういった様々な事情から、私はこれからもMacを使い続ける。