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ある時、ある場所、あの人

日頃の出来事、ふとした考えを誰かに伝えるための便箋のようなもの

憧れと目標の話

雑記 音楽 自分のこと

先日、NHK五嶋龍が演奏するバイオリン協奏曲(チャイコフスキー)を聞いた。とても美しい演奏なのに、当の本人はとても楽しそうに演奏していた。

 

以前から、五嶋龍やその姉、五嶋みどりは私にとって憧れる存在であるが、それと同時に別次元で手の届かない世界にいる人と考えている。ここで言いたいのは、彼らは私の目標ではないということ。

 

目標の設定には、背伸びして届きそうなぐらいがいいとよく耳にする。背伸びの加減にもよるかもしれないが、同じジャンルにいる人なら、同じ門下のあの人も、演奏会でソリストを担ったあの人も、リサイタルをしていたあの人も、大抵は延長線上にいる気がするから、努力次第でどうにでもなるような気がする。

 

しかし五嶋兄弟の場合、全く違う世界にいるように感じる。自分が経験することのない領域。理系の私としては、ノーベル賞受賞者を見る目に近いかもしれない。同じ競技をしているのに、周回遅れでトラックの反対側から、歓声を浴びる彼らを遠くから見ている。そんな感じ。

 

そういったわけで、彼らのように技巧的・音楽的に演奏してみたいと思うことはない。目標になることは多分永遠にない。

 

もしかしたら、そういう世界に身を置いてないことが原因だろうか。私にとって音楽は趣味であり、演奏することで収入を得るだとか、多くの人に感動を与えるというのとは多少ズレがある。しかし、五嶋兄弟以外の演奏家は「こういう風に弾いてみたい」と思うことが多い。違いが分からない。

 

身近な人であれば、一つの目標として父がいる。仕事も趣味も充実しているように見える。将来はこうなりたいって理想であり目標である。そのためのステップとしても道は続いているな気がする。そういったビジョンの見え方も、目標として捉えられるか関係しているかもしれない。

 

結局のところ、背伸び(もしくは跳躍かもしれないが)出来るぐらいの距離、その世界との縁、そこまでのビジョンといった部分が、大きなファクターであろう。

 

それでも、憧れとなる演奏家と目標となる演奏家の違いは分からないのだが。